40までにしたい10のこと

子育て、親業、プロボノ活動など、日々のことを記録していきます。

ガチャガチャとかゲーセンとか

が嫌いです。
でも子どもは大好き。

映画館とか遊園地とかスーパーでさえ、
いたるところにやつらはいる。

その度に、やりたいーと言われ、
ダメよ、というと残念そうな顔。

ああ、もう、何が嫌だって、
お金を使うことより、
がっかりした子どもの顔を見るのが嫌なのです。

そこにガチャガチャがなかったら、
子どもががっかりすることもなかったし、
私も嫌な思いをすることはなかったのに、と。


さっきも土産物屋さんで長男に、
ガチャガチャではないのですが、
金属製のキーホルダーを買って~とねだられ、
ああ、またか、と。


「買ったものを無くしたり、壊れたりして遊ばないまま、家にたくさんあるでしょう?
ママは それが本当にもったいないと思ってて、残念に思う。
そうではなくて、長く遊べるレゴや本当に欲しいものを誕生日とクリスマスに選んで欲しい、だから買いたくない。」

必死に考えた私メッセージだったけど、
うーん、いまいちです..

それでも長男は結構アッサリ、
「いらない」と。
(私が、がんとして買わないのを知ってるからかな)


お金が無いんじゃなくて、
完全に価値観の問題だから、本当に難しい。

刹那的な楽しみを持つのは否定しない。
だって、欲しいという感情は悪いことじゃないから。
さっきも、まず受け止めが必要だったと、反省。

その上でしっかり私の気持ちを伝え、繰り返していくしかないのかな。と。

で、
どーーーーしても欲しい、とか、
お友だちが買ってもらっているとかだったら、「今回は特別」として、たまにもありかな..。

以前うちの子だけ我慢させてしまって、自分でもそこまで意固地にならなくても良かった、と反省したことがあり。

この辺の価値観は、家庭によって全然違うので、本当に難しいです..。


自分から見てすごく無駄に思えてしまうことに、お金を遣うことにものすごい抵抗感。

でも私から見て無駄なことが、相手からみたら無駄じゃないことだってたくさんある。

ガチャガチャも、
子どもが「つまんないことに遣っちゃったなぁ、だったら他のものを買えば良かった」という気づくためには有効なのかも??


将来、お小遣いをこどもに与えるようになったら、たとえその日のうちにガチャガチャで全財産遣ったりするようなことになろうとも、げんなりすまい。

だって、それは子どもにあたえたお金だから..。
はっきり「勉強代」と割りきらなくてはなあ。


ああ、考えただけでもげんなり(笑)

価値観の対立は苦しいです..


おしまい

My Day!

昔、雑誌でアンジェリーナジョリーが

定期的に自分のケアをする日をMy Dayと名付け、

その日は子どもたちとは過ごさず、

丸一日、エステやボディケアでリフレッシュすると読んだことがあります。

 

何人も養子を迎えるアンジーでも、そんな日を作ってバランスとっているんだな~

(もっぱら仕事のため、普通の人より体のケアが大切なのだと思いますが)と。

 

アンジェリーナ並みの日を過ごすことは無理ですが…

 

できれば月に1回は自分のためだけに使う日を持つようにしています。

(月に1回くらいが私のペースみたいです)

 

子どもと過ごす時間も大切だし、仕事も嫌ではない。

 

でも、やっぱりどこかで疲れはたまり、

頭の中もぐるぐる、肩はカチコチ。

少しなら頑張れるけど、すぐに息切れしてしまうようになったら、

それは「無理している」のサイン。

 

やってみたかったこと、行きたい場所、

疲れていたらカフェでぼーっとしてもいい。

そんな日を設けて自分をリセット。

 

で、今日は!!!!

 

朝思う存分ランニングして、

掃除、ゴミ出し、

たまっていた家族の映像をDVDに書き込み、(今ここ)

ブログを更新し、

体験ヨガに行き、

顔のマッサージに行き、

ついでに美容院にも行っちゃう!!

 

合間合間に振り込みとか、買い物とか

出来なかったものもまぜつつ、

ああ~~~

ビバ!一人時間!

子連れとは行動範囲もスピードも違う!

快感!!

 

子育ては自分の予定通りにならないことが多いので、

「自分のやりたいようにことを進める」

ことが何よりの癒しなのかもしれません…

 

To Doリストが埋まる快感。

(夫から見たら、休みの日にリストかよ、と、苦笑ものかもしれませんが)

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

自分で自分を認めてあげる

夏休み前のラストスパート。
何とかマストの案件は終了。

まっすぐ家に帰ることもできたけど、
どうしてもそんな気分になれず、
近くのカフェでパフェを注文。

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一口食べたら、
ああ、私、最近、
自分を許して認めてあげてなかったなあ、と。


もっと仕事で活躍しなくてはならない、
もっと笑顔でいい母親にならなくてはならない、
もっと人脈をひろげなきゃいけない、
もっとPTAなどに参加しなくちゃいけない、
もっとこどもの教育にいいことをしなくてはいけない、
もっと頑張らなくてはいけない、
もっと。もっと。


周りから言われたわけでもないのに、
自分自身が認めてないから、
いつまでたっても満足することはない。



まだまだ足りない、まだまだできてない、
そんな考えで頭がいっぱいで、本を読み漁ってみたり。
でも、世の中の「頭のいい人たち」「すごい人たち」と自分を比較してますます落ち込んで。


認めて欲しかったんだ、自分を。

頑張ってるね、という一言が欲しかったんだ。


起きたときから寝るまで、誰かの期待に応えなくてはならない母親にという存在に、
耐える心のパワーが少し不足しているみたい。


そう気づいて、この休みは少し自分のパワーを貯めていきたいと思いました。

自分のできることを見つけて書き出しておこうかな。
好きなこと、やってみたいこと、予約して、少しお金も使って。


うん、元気が出てきた、かも。


とにかく夏休み!!
今年の夏は、のんびり始めたいとおもいます。

遊びでさえ、もっと!!とならないように..
(^_^;)

おしまい

働く、があたりまえだと思う女の子の育て方

西原理恵子さんの新刊 

「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」読了。


 前の日記で共感したと書いた、

 「親が本当に教えるべきことは、転ばない生き方ではなく、転んだ後どう立ち直るかだ」とう文章は、

書評の方が書いたのではなく、そのまんま本の中の言葉でした。

 失礼しました。


 西原さんの考え方は、まったくもって同感。 

女が無職で子どもを育てる危険、身をもって体験しましたから… 


が、この本で読んで新たに気づいたことはとくになく、

 むしろ「え?世の女の子たちは、こんな甘っちょろい考えをもって生きてるの?」と 驚きを覚えました。


 それくらい、私の中で「女が自立して生きていくこと」は当たり前で。 


母親から「女も手に職だ」とか「自立しろ」などとは一切言われたことがなく、

 ただ両親の生き方から自然と「ああ、女の人も働いたが自由だ」と感じとっていました。


母は養護教諭で、子どもを3人働きながら育てました。 


子ども(私たち)が風邪をひくと、職場の保健室のベッドで休ませて自分は仕事。 


職員室で他の先生がアイスをくれたり、 

休み時間には、学生のお兄ちゃんお姉ちゃんが遊んでくれたりと、

 ちょっとうれしかった。 

(今はありえないことだとおもいます)


 中学校の不良学生相手にストレス発散ができるほど、

養護教諭が天職だった母。

 一度、職場の小学校へ届け物をしたときに見た母は、

 子どもが怖がるからと白衣代わりに猫のアップリケがいっぱいついたエプロンを着て、 

廊下の奥から「お~~い」とニコニコ笑顔でペタペタ小走りに出てきて、

 身長が低く、ザ・かわいいおばさんで、

とてもとても「先生」という感じではなく、 

「ああ、子どもに好かれるはずだわ」って納得したのを覚えています。


 と、同時に天職を持っている母を本当に羨ましく思いました。

 仕事は人を輝かせる、ということを、母のあの姿から実感したのだと思います。


 父は仕事人間でしたが子どもも大事にしてくれ、 

自分は通勤2時間の場所に教育にいいからと、家を買い、 

朝から晩まで働いて、

休みにはいろいろ連れて行ってくれて。


 父のすごいところは、仕事の愚痴はいっさいこぼさなかったところ。 

これ、本当にすごい。 

今働いていて、このすごさに気づきました。 


お酒も飲まず、たばこもギャンブルもせず、

 いったい何をストレスのはけ口にしているのか本気で不安になって、 

もしや、変な趣味とかないのかと、 真剣に聞いたこともあったっけ… 


そんな親の姿を見て、 自然と「仕事をして生きる楽しさ」を実感できていたからこそ、 

女でも、結婚しても、子どもができても働いて生きていくことが当たり前だと思ったし、 なんだか楽しそう!と将来を悲観はしなかった。


 口でいろいろ言うより、結局子どもは親の背中を見て育つ。 


ちょっと話がそれるのですが、

この間帰宅の電車のなかで内定者(私の会社ではなく)らしき女の子達が、「働くのやだなー」「休みどれくらいもらえるのかな」「この会社に何で決めたかわかんないし」と延々話してて、

彼女たちのこの先のことを勝手に心配してしまい。


えっ、入る前からそんなんで大丈夫なの?

仕事って大変だよ。

でもやってやる!的な気負いもなく入社する人って、きっともっと大変なんじゃないかな..


でもそういう人って実は多いのかな、とも。


息子たちには、ワクワクして好きな仕事を選んで生きていって欲しい。


私は、両親がしてくれたみたいに、

息子たちに仕事をする楽しさを伝えられているかな… 


愚痴や「疲れた」ばっかりになってしまっていないかな… 


なってるな..


うん、疲れるんです。

だって本気で楽しんでやっているものは疲れるから。


ってことをわかって欲しいのですが、まだ無理かな。


今晩も、くだんぐだんな私に遊んでー、聞いてー、のオンパレードでしょう。


まあ、きっとそれも後から思い出せば「幸せな一時」になるのかな。



おしまい



汗は涙に似ている

昨日たっぷり昼寝をしたせいか、

今朝4時ごろに目が覚めてしまい、思い切って朝ラン、8キロ。

 

曇り空ですが走り始めてすぐに汗がダラダラ…

足取りも軽く、4キロの折り返し地点を過ぎたとき、

気分がよくなりすぎたのか、

もともとため込んでいたのか、

涙がわ~~~~~~っつと。

 

走っていると、頭の中に

これからのこと、やりたいこと、世の中の理不尽なこと、

不安なこと、でもやっぱり幸せなこと、いろいろ溢れてきて、

涙がぼろぼろと出てくることがよくあるのです。

 

でも、きっとこれは心の浄化作用。

だって後はすっきりするから。

 

汗びっしょりで泣いてても、あんまりわからないはず。

(と踏んでるのですが)

 

口の中がすごくしょぱくて、

汗なのか、涙なのか、

どっちもきっと同じなんだと。

 

 

 

走り始めたのはダイエットが目的でしたが、

そのあと(辞めているときもありましたが)10年くらい続けられているのは

走った後、精神がすごく安定する気がするからです。

 

新人時代、仕事で思うようにいかず、

「ひとつも自分の思い通りにならないのなら、せめて自分の体くらいは思い通りに動かしたい!!」と

夜走ってみたり。

公園でダラダラ汗をかきながら体操をしていると、

かいた汗の分だけ、モヤモヤやドロドロが体の外へ流れていく感じがしました。

 

そして今は、もっぱら朝。

特に休みの日。

これまたひとつも思い通りにならない男子の子育て(笑)のストレスから

とにかく「自分で自分を思い通りに動かす時間」を設けたくて。

 

ああ、私はやっぱり

「自分を自分でコントロールできている感じ」が無いと、とたんにダメみたいです。

育児は正反対の活動だからなあ。

 

そしてこれからきっと訪れる数々の「不安」

・親の介護と離別

・仕事での山場

・子育てでの難しいこと

・自分自身が成長するときに必ず訪れる痛み

などなど、

それらを少しでも前向きにとらえられるように

心を鍛えていきたいな、と思います。

 

 

今週頑張れば夏休み!

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

価値ある「心の傷」を負わせてくれた人たちへ

「親が本当に教えるべきことは、転ばない生き方ではなく、転んだ後どう立ち直るかだ」

 

西原理恵子さんの新刊

「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」の書評のひとつの文章に、

はっとしました。

 

 

そうだよな~

そうなんだよな~~!!

 

ついついかわいいから、先回りして転ばないように道を整え、

転びそうになったら手を差し出して支え、

そもそも最初から歩くのがスムーズな道を選択させようと誘導してしまう。

 

ダメ親って言われてるけど、

私、やってしまいそうですもん…。

もうね、手を離したらハラハラドキドキ。

母ちゃんは心配性です。

 

でも。

 

生きるうちに、必ず他人からつらい仕打ちや言葉を投げられることは当たり前。

自分だってそうやって生きてきたなあ、と。

 

親は先に死ぬんだし、四六時中一緒に過ごすなんて無理なんだから、

自分の身は自分で守る方法を教えてあげたほうが、その子のためになるのですよね…。

 

***

 

今までの中で私に価値ある「心の傷」を負わせてくれた人は、二人。

当時は気が狂うほど怒り、悲しみ、ちょっと人間不信に陥ったけど、

今はあの二人の出来事があったから、

甘ちゃんな私が、世の中を(少しだけ)しっかりとらえられるようになった、と

感謝しています。

 

 

一人は大学時代、英語部の後輩。

 

私の所属していた英語部はマンモス部で、部員が1学年100人~30人くらい。

 

ディベートやスピーチ、ディスカッションのほか、

レッスンと言って英会話教室みたいなものを3年生が中心となって運営しています。

 

土日もなし、休み中も活動に費やすほどハードなサークルでしたが、

後輩が他大学との試合に勝ってよい成績を収めたり、

サークル内活動で楽しそうな部員の姿を見るたりすることに

やりがいを感じて打ち込んできました。

 

3年生の冬、自分なりに「やり終えた感」を感じてみんなで部室を片付けていた時、

1年下の後輩(男)に言われた一言。

 

「Hさん(ディベートのチームリーダー)がオーソリ(オーソリティ)5なら、

●●さん(私)は、オーソリ1でしたから」

 

 

 

え?

 

 

しかも脈絡もなくそれを言われた。

私がミスをしたとか、その子の成績に傷をつけたとかではなく。

 

え?そうなの??

私、今までそう思われてたの??

 

徹夜してチームのために調べ物や引率や運営とか、頑張って支えていたけど、

「こいつの言うこと信用ならないな」とか「なんだ、●●(私)か」とか、

そう思われてたの?

 

目の前が真っ暗になりました。

その時泣いたかどうかは覚えていません。

 

 

同期はものすごく怒ってくれました。

 

私は気づかなかったけど、二度と私を彼と一緒に活動しなくて済むよう、

そのあと根回しをしてくれたらしい。

 

 

でも怒りと悲しみと同時に、ちょっと納得してしまっている自分もいて。

 

 

3年生になってからの私は、運営が中心でディベート活動はサポートだけ。

自分で試合には出なかったので、成績もつかず。

 

そんな第一線から外れた自分は、

後輩からしたら「試合で勝ったこともない、ましてや出てもいない。実力があるかどうかわからないな」と思われても、仕方がないな、と。

 

そして

何か人に教えるときには、それなりに成績を残し、

活躍した経験がある中で伝えようと。

オーソリティが無い状態では人には伝わらない、ということを学びました。

 

 

感謝こそすれ、ま、その後輩には二度と会いたくないですけどね…笑

私、そこまで人ができているわけでもないのです。

 

 

二人目は、就職活動中に出会った友人(女)。

 

就職活動中、私は面接対策や自己PRなどを仲間と一緒にやる会に参加していました。

 

そこで出会った彼女は、利発で美人、外交的でとても素敵な女の子でした。

お水で仕事をしていた、と言っていましたが、本当に華やかで、私とは正反対。

 

私は「すてきだな~」と思って、よく一緒に活動に参加していたのですが、

ある日彼女と友人と一緒に自己分析のための話し合いをしていたら、

急に強い口調でこう言われました。

 

「あなたのそういう、何でも分かっています、的な話し方が大嫌いなのよ!!」

 

と。

 

びっくりして、(今まで険悪になるような出来事がなかったので)

 

「え?私の話し方が気に食わなかったの?」

 

と聞き返すと

 

「その話し方がむかつくのよ!!上から目線で!」

 

と。

 

呆気に取られている私を残して、彼女は去っていきました。

 

周りいた他の友人も全員ポカン。

 

本当にそれくらい唐突で、どうしちゃったんだろう??って感じ。

 

上から目線で話していたつもりはないし(むしろ見上げていたくらい)、

相手の気持ちを確認する話の聞き方は、その会で習ったことで

私以外みんな多用していたはず…

 

なぜに私だけ?

 

聞き返すことされ逆上され、まさに取り付く島もない、という状態で。

 

彼女が部屋を出て行ったあと、友人は慰めてくれましたが

私は不思議と怒りは感じず、

ただ何とも言えない冷たい悲しみだけが心に残りました。

 

 

「ああ、世の中の人全員に好かれると思わないほうがいいな」と。

 

 

私は割と誰とでもうまくやっていけるタイプだと言われていますし、

実際そうだと思います。

 

でも、世の中の人全員に「良い人」だと思われて過ごすのは幻想なのだな、と

その子に教えてもらった気がします。

 

後からちょっと思ったのですが、彼女は彼女なりに私に対してコンプレックスを抱いていたのかもしれない。

だから、私にだけあんな物言いをしたのだと。

 

どうしても合わない人はいる。

そういう人に合わせる必要もない。

(でも、言い合いやけんかはしなくてもいいと思いますが)

 

ともすれば、周りの人全員に好かれようとして神経をすり減らしがちだった自分に対して、

本当によい気づきをあたえてくれたなあ、と。

 

 

***

 

価値ある「心の傷」はその人の人生をよりよい方向へ導くはず。

転んでもいいんだと思います。

 

できれば早めに転んだほうがいい。

体が大きくなってから転ぶと、下手をすれば骨折です。

(この間久しぶりに転びましたが、大人って地面との距離があるし、転びなれていないからめちゃくちゃ痛いですね…そして恥ずかしい)

 

親として、転んで学ぶ機会を息子たちから奪わず、

転んだ後にどう立ち直るかを教えてあげられるのか…

誰か教えてください(笑)

 

とりあえず、西原さんの本を注文したので読んでみようかな。

 

 

※久しぶりに息子たちががっつり昼寝をしてくれたおかげで、

こんなに長文になってしまいました…

もし読んでくださっているかたがいたら、本当にありがとうございます!

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてなブログをはじめて2か月、よかったこと・こまったこと

を、書いてみます。

 

1、文章を書く難しさを痛感(本職が編集なのに…)

 

毎日浮かんでは消えるアイデア、子どもとのやりとり、生き方への不安など、

書いたら形になるかと思ったら、ぜんぜん有益な記事にならないことに気づく。

 

たかがブログ、されどブログ。

目指すは読んでいただけたら少しだけ元気になる文章。

非難も蔑みもあおりも使わないで、人をひきつける文章。

 

そんな文章を書きたい。

 

他の方のブログを読んで、勉強させていただいている毎日です。

 

2、毎日がちょっとだけハリが出る

 

書くことは毎日できなくても、

ああ、こういう風に生きたいなとか、

親業で今度こういうこと試して書いてみようとか、

誰かに役立つ情報かなとか、

頭を使う機会が増えた気がします。

ぼんやり生きるより、いい感じです。

 

 

3、肩がこるようになった

 

移動時間や家の隙間時間に更新しているので、

肩こりがひどくなった(気がします)…かな。

最近は、帰宅中はブログ更新はあきらめて、ひたすら首筋をマッサージ。

ちょっと恥ずかしいから控えめに、ぐりぐり首のあたりを。

 

 

 

総じて今は「やってよかった」ことの方が勝るので、頑張って続けたいと思います。

 

 

 

おしまい